ハクスリーの「すばらしい新世界」から、監視社会論と関連する部分をすこし引用します。
「ユートピア」の世界統制官ムスタファ・モンドと「ユートピア」の外から来たジョンのやりとりです(話者の記号J、Mを加えたほか、適宜改行しました)。
J「でも、僕は不都合が好きなんだ」
M「われわれは好きじゃない。なんでも快適にやりたいね」
J「快適さなんて欲しくない。欲しいのは神です。詩です。本物の危険です。自由です。美徳です。そして罪悪です」
M「要するにきみは」とムスタファ・モンドは言った。「不幸になる権利を要求しているわけだ」
J「ああ、それでけっこう」ジョンは挑むように言った。「僕は不幸になる権利を要求しているんです」
M「もちろん、老いて醜くなり無力になる権利、梅毒や癌になる権利、食べ物がなくて飢える権利、シラミにたかられる権利、明日をも知れぬ絶えざる不安の中で生きる権利、腸チフスになる権利、あらゆる種類の筆舌に尽くしがたい苦痛にさいなまれる権利もだね」
長い沈黙が流れた。
J「僕はそういうもの全部を要求します」ようやくジョンはそう言った。
ムスタファ・モンドは肩をすくめた。「まあ、ご自由に」
ムスタファ・モンドは世界の安定と効率のよい「幸福」を重視する。
まずは、なにを求めて、なにを諦めるのか、を考える。ホームドア、監視カメラ、ポイントカード。それは「得」なのか。得するのはよいことなのか。短期的にそして長期的に。一般論で語れるのか、個別に考える必要があるのか。
つぎに、安定しているシステムが破綻したとき、それをふたたび安定化させることはできるのか、システムに飼いならされた人たちにとって、そのスキルはどこでどのように育まれうるのか。システム外にそれを確保するならいかにしてか。
文献
ハクスリー,オルダス.黒原敏行訳 2013 すばらしい新世界,光文社古典新訳文庫.