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文化、遺産の継承について(宇沢,2017)

文化、遺産を継承することについて、少々長いですが、宇沢(2017)から引用します。

 

「ブラジルの優れた研究者ユージニオ・ダ・コスタ・エ・シルヴァの論文『生物種の多様性と知的所有権』には、次のようなことが書かれています。 

アメリカの製薬会社が開発する新薬の75パーセントは、次のようなプロセスでつくりだされている。製薬会社が数多くの専門家を、アマゾンの熱帯雨林で暮らす少数民族の集落へ送る。彼らは集落の長老あるいはメディシンマンを訪ねて、伝承的に受け継がれてきた医療技術を聞く。長老やメディシンマンのなかには一人で五千種類にもおよぶ治療法を知っている人もいて、彼らにアマゾンに生息する動植物や微生物、土壌や鉱物について、どのような症状や疾病、障害にどう使えばいいかを尋ねる。専門家はこれらのサンプルを本国へ持ち帰り、ラボラトリーで化学分析をして、人工的に合成して新薬として売り出す。

近年、アメリカの製薬会社の多くが莫大な利益を上げているが、そのかなりの部分が、このような形でおこなわれる新薬開発によってもたらされている。そこでブラジル政府は、アメリカの製薬会社がアマゾンの長老たちに特許料を支払う制度をつくったが、長老たちはこぞってその受け取りを拒否するという。その理由は、自分たちのもっている知識が人類の幸福のために使われることぐらいうれしいことはなく、その喜びをお金に代えるようなさもしいことはしたくない、というものであった。」

(宇沢,2017,pp.153-154)

 

ジョン・デューイシカゴ大学哲学科に主任教授として迎えられたのと同じ頃から、ヴェブレンは経済学部で講師をしていて、そこでの経験にもとづいて大学論を書いています。大学論は主として1916年に刊行された『アメリカにおける高等教育』(The Higher Learning in America )のなかで述べられていて、その副題は「もしビジネスマンが大学を経営したらどうなるか」というものでした。つまり、経営的観点を中心にして大学を運営するとひどいことになる、そういう皮肉をこめてヴェブレンは近代文明社会における大学の機能を二つの側面から考えました。

一つは「Idle Curiosity(自由な好奇心)」で、人間に本来備わっている好奇心を探究していくことが大学の目的であって、決してお金を儲けたり、世間的に出世して偉くなったりするためにあるのではない、ということです。

そしてもう一つは「Instinct of Workmanship(職人気質、生産者としての本能)」で、もともと人間はものづくりに対する本能的な熱意をもっていて、ものをつくるときに強制されたり、それによって儲けようと考えたりはしない。」(宇沢,2017,p.109)

 

1945年、9月半ば、旧制一高の校長をしていた安倍能成先生がある場面で語ったエピソードを記している。

リベラルアーツというのは、教育の仕上げの段階で重要な役割を果たすものです。つまり、学問や芸術、知識であれ文学であれ、専門を問わず、先祖が残した貴重な遺産をひたすら学び吸収し、同時にそれらを次の世代へと受け渡すという鋭意をする場所だということです。一人ひとりの学生の人間的な成長を図るとともに、それを次代へと継承する役割がある。」
(宇沢,2017,pp.85-86)

 

宇沢弘文 2017 人間の経済,新潮社(新潮新書

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