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対話性と目的―開かれた対話をヒントに

引きつづき、セイックラら(セイックラ・アーンキル,2019)の議論を参考にしてみましょう。

 くり返しになりますが、私たちの対象と彼らの対象は異なっています。つまり、以降の議論は精神疾患の治療/回復に関する議論ではありません。しかし、人を対象とした/人が運用しているシステムの問題を考えるときには、共通する課題があるようです。こうした関心から、いくつか参照したいと思います。

「高度に分化したシステムは、「単一の問題解決」は得意ですが、境界をまたいだ問題については、杓子定規的な対応しかできなくなってしまうのです。」(p.60)

こうしたことはエンゲストロムらも焦点をあてているように、共通する問題と言えそうです。

「業務システム全体の再編成が必要でした。しかし、大規模な組織の再編成や巨額の予算はありません。〔縦割りの〕境界を横断することこそが必要でした。・・・中略・・・この実験には管理運営上の決断が必要でした。その決断が領域を越えたミーティング、専門家とクライアントのボランティア的参加、そして対話実践の入念な開発を可能にしたのです。これらすべては、断片化したサービスシステムの側にとっては「明らかな邪魔者」でした。」(pp.159-160)

一見すると滞りなく回っているように見えるシステムが変わるには、その「秩序」を乱す「邪魔者」が必要になるという指摘です。これを、介入と表現するか、あるいは、邪魔者と表現するかは、言葉の問題/誰の視点に依拠するかという問題かもしれません。

 さて、先の引用部分のような難しさを思うと、理念に即して、ゼロからシステムを再構築したいと思うかもしれません。しかし、一歩なかに足を踏み入れてみれば、残念ながらそれを実現するのが困難であることはよくわかりますし、じつは現行のシステムもまた課題にたいして懸命にあがいていることも見えてくるものです。そこで、現行のシステムを動かしながら、システムが変わっていくのをお手伝いすることが求められます。ひとつ難しいポイントと思われるのがこの点です。

 「介入」を考えるとき、セイックラらのコントロールに関する議論もまた大いに参考になります。

「対話的関係は最も自然な関係ではありますが、心配事の影が差したとたんに危ういものになりがちです。あいまいな状況をなんとかしようと思うのは当然のことです。しかし他者の思考や行動をコントロールしようと思ってしまうと、関係性は戦略的なものになってしまいます。/対話性には「余白(space)」が必要となるのですが、他人に「どうしても助言をしなければ」と感じているときほど、この余白が小さくなっています。たとえばこんな経験はありませんか。友達でも専門家でもいいのですが、自分は完璧に状況を把握していると思い込んでいる人が、あれこれ口を出したがるばかりで、こちらの言い分にはまったく耳を貸そうとしない、なんてことは? そのとき、部屋の雰囲気が息苦しく感じられませんでしたか? 対話の空間が完全に戦略的な配置に置き換わってしまい、自分が無力で場違いな、孤立無援の存在であり、他人のほうが正しくてやり方も心得ているのだと感じませんでしたか? もっと違うやり方はないものでしょうか――。」(pp.67-68)

耳の痛い話です。もちろん、従来のような「専門家」のようなふるまいも状況によっては必要になるということかもしれません。つぎのような説明があります。

「手に余るような状況をコントロールしようとすること(少なくとも見ないふりはしないこと)は、責任ある行動です。しかし、他人の考えや行動をコントロールしようとすればするほど、大切な声を聞き漏らすことになります。」(p.71)

セイックラらの対象について、彼らは「他者性を尊重する」というアプローチをとります。こうして対話主義につながります。

「対話には必ずしも全員の合意は必要ありませんし、合意が得られないことが対話の妨げになるわけでもありません。また対話は決まった結論を目指すわけではありません。他者を無条件に受け入れるということは、他者の考え方や行為をそのまま肯定することが前提ではないし、複数の考え方を融合・収束したり、妥協点を探ることでもありません。」(p.171)

私たちのもうひとつの関心からすると、この議論はとても興味深いものです。一方、今回テーマとしている対象について考えるときには、上記の引用部分をどう受け止めるかが課題になりそうです。

 セイックラらは「「目的志向の戦略主義」から「関係志向の対話主義」へ」(p.251)ということを述べています。(もちろん、スローガン的なものであり、彼らもまた完全に前者を放棄してよいとは言わないかもしれませんが)むしろ、私たちの対象にとっては、目的(の変化)をどこにどのようなかたちで位置づけうるのかを考えるとよいのかもしれません。

 

セイックラ,J.・アーンキル,T. E. 斎藤環監訳 (2019) 開かれた対話と未来,医学書院.

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