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Tsuchikura Laboratory

可視化と予測と制御

ベックによる対象の可視化、予測、制御に関する議論

ウルリッヒ・ベックの「世界リスク社会論」の訳者・島村賢一による訳者解説(pp.147-177)から関連する部分を紹介します。

 

●危険とリスク

・危険(ドイツ語のGefahr):天災のように、外から襲うもの。人間の営みとは無関係。

・リスク(ドイツ語のRisko):事故のように、人間自身の営みによって起こる。

 

●二段階の近代化

第一段階:単純な近代化

・通常の意味での産業化を中心とした近代化

=古典的な産業社会

・リスクはすでに存在している。ただし、負の副産物は仕方のないものとして受け入れられ、議論の対象にならない

 

第二段階:反省的近代化(※)

・第一の近代化が進展し、行き詰った結果として生じる近代化。環境問題の解決といった、第一の近代化を反省する必要が生まれた段階の近代化

=リスク社会

・負の副産物が議論の対象となる

 

「リスクの概念は、近代の概念です。それは、決定というものを前提とし、文明社会における決定の予見できない結果を、予見可能、制御可能なものにするよう試みることなのです。例えば、喫煙者のガンのリスクはこれぐらい高いとか、原発の大事故のリスクはこれぐらいであるとかいう場合には、リスクというものは、ある決定のネガティブな結果ではあっても、回避可能な物であり、病気や事故の確率に基づいて計算することが可能なものです。したがって、これは天災ではありません。」(ベック,p27)

※訳書によっては、reflexiv(独)、reflexive(英)に、再帰的、自己内省的の語をあてていることもあるとのこと(訳注p.149)

 

●世界リスク社会

・予見可能であり、制御可能であったはずのリスクがそうではなくなってしまう

・リスクが世界的な規模で広がり、収拾がつかなくなり、グローバルな危険になってしまう

・制御が可能なリスク:保険をかけることができる

  ↓

・制御が困難/不可能な危険:保険をかけることができない

 

「世界リスク社会の新しさとは何でしょうか。それはつまり、わたしたちが文明社会の決定によって、結果として、地球規模の問題や危険をまき散らししていることなのです。それらの問題や危険は・・・全世界の人々の目に明らかになった大惨事に見られるように、それらをコントロールできるという公にされた言葉や約束とはまったく相容れないものです。」(ベック,pp.27-28)

 

「リスク予測、保険の原則、事故の概念、災害対策、将来への備えなどの・・・略・・・制度や規範が機能しなくなります。・・・略・・・民間で保険をかける可能性がまったくなくなってしまいます。・・・略・・・必ず保険をかけてマイカーを運転する、といったすべてのドライバーにとって当然のことが、高度産業主義における危険の必然性を前にして、全産業部門と未来のテクノロジーにとっては、気付かないうちに自明ではなくなってしまっているのです。」(ベック,pp.98-99)

 

ベック,ウルリッヒ.島村賢一訳 2010 世界リスク社会論ーテロ、戦争、自然破壊,筑摩書房(ちくま学芸文庫

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